近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
岡山の「精神資料館」
2015年10月1日、岡山市内に「カイロス」がオープンした。
JR岡山駅東口から、アーケードを抜けてすぐのところにある。
同年10月15日の山陽新聞(朝刊)に「居宅支援続ける阪井さん 岡山に資料館開設」「精神障害の歴史紹介」という見出しで当所の記事が載っている。

「カイロス」の1階では手作りカレーを提供し、2階が「精神資料館」になっている。
代表の阪井さんから、ここで「私宅監置と日本の精神医療史」展をやりませんかというお誘いがあったので、下見をかねて岡山へ足を運んだ。
阪井さんには、戦時中まで岡山市内にあった精神病者収容所の川口保養院調査などでお世話になった。
また、2015年9月の大阪・船場での「私宅監置と日本の精神医療史」展にも来ていただいた。

昭和初期に建てられたという空き家を改装した「カイロス」の内部は、昔の雰囲気をそのまま残している。
2階にはロッカーがあったそうで、その構造を活かしながら展示箱にしているのはおもしろい(下の写真)。
主として岡山とその周辺の精神科病院で、廃棄寸前だったものが集められている。
医療器具や日用品、書籍・雑誌など、病院で使われていたあらゆるものが、選別されずにそのままここに移された、といった感じが新鮮である(とかく研究者は、「データになりそう」「論文になりそう」なものばかりを選んでしまいがちなので)。


(通常は「撮影禁止」ということだが、特別の許可を得ている。)

ともかく、今年度中には岡山で4回目となる「私宅監置と日本の精神医療史」展を開催したいと考えている。
詳細は後日、このブログでお知らせしたい。

下の写真では、駐車スペースに続くオレンジ色の看板がある2階建てが「カイロス」。
その向かって右隣の家は、映画『精神』の舞台にもなった「コラール岡山」である(映画にも登場する「コラール岡山」の院長・山本先生がたまたま「カイロス」に来ておられ、お会いすることができた)。


(「カイロス」のオレンジ色の看板には「日曜日に造る おかあちゃんのカレー」と、小さくブルーに見える部分には「精神資料館」と、書かれている。)
| フリートーク | 19:29 | comments(0) | - | pookmark |
モレンベークと精神医療史
パリでテロがあってから、ブリュッセルのモレンベーク(Molenbeek)地区が話題になっている。
ネットなどの「潜入ルポ」風の記事によれば、アラブ系の人たちが多く住む貧困地域で、テロリストの「温床」だというのである。
だが、多少なりともヨーロッパの精神医療史を知る人にとって、モレンベークは懐かしい響きがあるのではなかろうか。
それで思わずパソコンのキーを打つことにした。

そもそも Molenbeek というオランダ語の地名は、 ”Molen(水車小屋)の Beek(小川)”が語源だろう。
それだけで、のどかな情景が思い浮かぶ。
精神医療史との関わりは、この小川に掛かる橋の上で行われていたことと関係がある。
まず、図を見てもらいたい。
といっても、著作権の問題もあるかもしれないので、このリンクを開いてもらいたい。

これはオランダ語版ウィキペディアの”Sint-Jan Baptistkerk (Sint-Jans-Molenbeek)”[モレンベークの聖ヨハネ教会]のサイトである。
一番上の図(写真)は、その教会である
1932年にアール・デコ様式で立てられた新教会のものらしい。
二番目は、1592年のブリューゲル(Pieter Breughel de Oude)の作品と言われ、人々が踊りながら、列をなして小川に架かる橋へと向かっていく様子が描かれている。
背後には教会も見える。
三番目は、ブリューゲルの作品をもとにして、1642年に Jan Hondius が描いたものである。
これは版画なので、ブリューゲルの図柄と比べると、左右が反転していることに気がつく。

さて、この絵はなにを表しているのでしょうか?
そんな質問を、大学の授業とか、高校の出張授業とかで何度かしてきた。
魔女狩りとか、妊婦が無理やり橋の向こうに連れられていくとか、そんなところが多い。

正解は;
聖ヨハネの日(6月24日)にブリュッセルのモレンベークの橋の上で 狂人を躍らせれば、その後の1年間は健康でいられるという言い伝えがあり、集まってきた巡礼者を、当時ブリュッセルにいたブリューゲルが描いた。
ということのようである。
絵の中で、両脇を押さえられているのが、「狂人」ということらしい。
(参考文献は数多くあるが、たとえば:Museum Dr. Guislain: Neither rhyme nor reason. History of psychiatry. Ghent, 1996.)

さて、モレンベークの小川や橋は今でもあるのか。
そんなことが気になって、ブリュッセルを訪れた際に、地図を頼りに何度かモレンベークに行ってみた。


(よく授業で使うパワポ画面。ブリュッセルらしい写真を絵葉書風に配置。)

数百年前に描かれたのと同じかわからないが、たぶん同じ位置と思われる場所には大きな運河があり、そこには大きな橋がかかっていた。
それが2001年のこと。

それから数年後(下の写真)、訪れた曜日とか、時間帯によるのだろうが、モレンベークの聖ヨハネ教会あたりを中心に、確かにアラブ系と思われる人を多く見かけた。
写真にあるように、教会前の広場には多くの店が立ち並び、買い物客でごったがえしていた。
そこでは、普通の庶民の生活が営まれているとしか見えなかったのだが。


(これも授業でよく使うパワポ。写真にみえる橋とその下を流れる運河が、かつての名残?)
| フリートーク | 12:56 | comments(0) | - | pookmark |
ロンドンの The College of Occupational Therapists (COT) をたずねて

作業療法(occupational therapy)は、精神科領域では長い歴史をもち、いまなおその重要性は変わらないだろう。
逆に、精神医療の歴史からは、作業療法がさまざまな局面で立ち現れて、ポジティブな評価、ネガティブな評価の間で揺れ動いてきたように見える。
それだけに、精神医療史にとって、作業療法は議論の余地がある一大領域なのである。

おそらく、2013年6月にオックスフォードで行われた国際シンポジウム "Therapy and Empowerment – Coercion and Punishment" での研究発表がきっかけで(なお、このシンポジウムの成果は、"Work, psychiatry and society, c.1750–2015" というタイトルで、2016年1月に Manchester University Press から出版される予定である)、なぜか British Journal of Occupational Therapy (BJOT) というイギリスの作業療法関係の雑誌の編集委員になっていることは以前のブログで紹介した。

その編集会議があるというので、ロンドンまでやってきた。
場所は地下鉄ノーザン・ラインのOld Street 駅近くの出版社 SAGE。
BJOT の出版元が SAGE なのである。
そういえば、精神医学史の専門雑誌 History of Psychiatry もSAGE が出していたっけ。


(SAGE のオフィスが入っているビル)

案内されて、SAGE の2階の広々としたオフィスに通された。
カシャ、カシャという、パソコンのキーを叩く小さな音だけが、あちこちから聞こえる。
整然と並んだデスクで、多くの人たちが黙々と作業をしている。

会議室は、そのデスク群を通り抜けて、つきあたりにあった。
こじんまりとした空間。
ここで、これまでメール上でしか知らなかった人たちと初めて会うことになる。
編集会議の詳細は語れないが、いかのこの雑誌の国際的な影響力を高めるか、という戦略的な話が中心だった。

SAGE の編集部が用意した資料はきわめて緻密で、かつ徹底的な分析がなされたものである。
この雑誌のクオリティの維持・向上と論文引用頻度の増大にかける、並大抵ではない意気込みが感じられた。
私も日本の某学会誌の編集に関わっているが、その落差に愕然とせざるをえない(まあ、あたりまえか・・・)。

次の日、テムズ川に架かるロンドン・ブリッジの近くにある The College of Occupational Therapists (COT) を訪問。
BJOT の編集責任者であるCさんが、対応してくれることになっていた。
COT は college という名前が付いているが「学校」ではなく(ということを、実は訪問して初めて知った)、イギリスの作業療法士の資格認定・教育カリキュラムなどに関わる中心組織なのである。
同じ建物のなかには、The British Association of Occupational Therapists (BAOT) というイギリスの作業療法士協会の本部も入っている。

雑誌の BJOT は、COT/BAOT と関わりは深いが、これら組織のお抱え雑誌ではなく、これら組織から独立した、あくまで学術雑誌というスタンスを保っているようだ。
だから、世界中からの論文投稿を待っているわけである。

COT が「学校」ならば、設備の見学でもと思ったが、それはかなわない。
結局、Cさんにビル内の会議室で作業療法やリハビリテーション科学の歴史・現状・課題について、あれこれ1時間あまり話を聞いた。
もちろん話は作業療法が中心だが、ここに健康科学全般にアプローチできるヒントが詰まっていると強く感じた。
まあ、それは、医学、看護、社会福祉などを切り口にしても同様だろうが。

ついでに図書室を見学し、いくつかの資料ももらった。
ただし、当然というべきか、日本語の雑誌や書籍は見当たらなかった。
ここ数十年の作業療法に関する言説のほとんどが、英語圏(例外的に、カナダのフランス語圏はこの分野に強いようだが)に属しているからだろうか。

ところで、イギリスの作業療法士のイメージ・カラーは緑だそうである。
そういえば、建物の中はあちこちに緑が。


(COT の入口を入ると、緑色で統一された生花があった。)


(COT のオープン・スペースにも緑系統の色が多い。)


(COT はロンドン・ブリッジの近くにあるこの建物のなかにある。)

さて、COT をあとにして、歩いて Tate Modern へ行った。
ロンドンに来たら、必ず訪れることにしている。
自分にとって、なつかしい場所、みたいな所だ。


(Tate Modern 内部に設置された船の形をしたオブジェ)

"The World Goes Pop" という特別展をのぞいてみた。
ポップといえば、A・ウォーホルに代表されるようなアメリカの消費社会・商業主義を連想すると思われるが、この展示はそれを意図的に裏切ることに目的があるらしい。

むしろ、欧米のメインストリームから外れた社会や地域での、政治的な抑圧、人権侵害、あるいは性差別や戦争、といったものへの抵抗として、いかにポップという手法が使われてきたのか、を訴えたいようだった。
その文脈で、日本の何人かのアーティスト(田名網敬一、横尾忠則など)を登場させている(が、日本人としては、「そうだったのか・・・!?」という、妙な感覚が残った)。



(Tate Modern の3階からセント・ポール大聖堂方面を見る人たち)

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