近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
油山寺の瑠璃の滝(静岡):『水治療法史』 その19 <新シリーズ・小林靖彦資料 116>

「あぶらやま」という名称は、遠州人には懐かしい響きがある。
小学校の遠足で行ったような気もする。
油山(あぶらやま)とは妙な名前だが、この山から油が湧きでていたことに由来するらしい。

ところで、小俣和一郎氏は著書『精神病院の起源』(太田出版、1998年)で小林靖彦の文献を多く引用しているのだが、次のように不満を述べている部分がある。

「小林は「明治以前の精神病治療所」として全国で計二五ヶ所の施設を列挙し、そのうち一八ヶ所で水治療が行われていたとしているが、その中には史料的裏付けを欠いたものも少なくない。」(p.65)

ここで言及されている小林の文献は、『臨床精神医学』誌の第11巻第1号(1982年)に掲載された「江戸時代の精神医学 2. 治療論」のことである。
この論文に掲載された一覧表「明治以前の精神病治療所」は、実は1979年の小林の論文「日本精神医学の歴史」(中山書店の『現代精神医学大系 1A 精神医学総論I』に所収)にある一覧表とほぼ同じである。

興味深いのは、1979年の論文では22ヶ所だったのが、1982年には25ヶ所に増えている点である。
1979年までの段階で、おそらく小林のフィールドワークは終わっていると思われる。
なので、『現代精神医学大系』への原稿提出締め切りがかなり早く設定されていて、そこに間に合わなかった分が1982年に追加されて、掲載されたのだと推察する。

ところで、今回の油山寺での滝治療は、上記の小林の二つの論文に登場している。
だが、小俣氏も指摘するように、この寺については、精神病治療の場所だったという確かな史料に乏しいような気がする。
以下の小林のアルバムに貼られた寺の看板(「瑠璃の滝」の説明書き)は、確かに精神病治療を示唆しているようではあるが、精神医療史的にはこれだけでは話にならないだろう。

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油山寺の瑠璃の滝。

 天平年間(729-749)、行基の開創になる孝謙天皇の勅願所・医王山薬王院油山寺(真言宗・袋井市村松)の「瑠璃の滝」は、孝謙天皇の眼病を治した霊水といわれ、以来、眼病・脳病に効があると伝えられている。

[以下は小林のテキストではなく、アルバムに貼られた文献のコピーから。]

 油山寺の由来

 当山は医王山薬王院油山寺と称し、孝謙天皇の勅願所として建立された真言宗の古刹であります。
 
 昔この山から油が湧出していたので、通称あぶら山といわれて十方信者に親しまれてきました。

 御本尊薬師如来は行基大士の御作で諸病全快、財宝満足、特に眼病平癒の利益あらたかで深く信仰され、日本の三薬師として、また遠州四十九薬師第一の霊場でございます。

 今を去る千二百年の昔、天平勝宝元年(七四九年)、孝謙天皇ご眼病のみぎり、御平癒祈願の勅命がくだされました。即ち本尊薬師如来に祈願し、油の滝水を加持祈念してこの霊水を奉り、帝この霊薬にお目をきよめ、ひとえに薬師如来を尊信し玉うところ霊験たちまちにしてご全快、叡感のあまり国司に命じて伽藍を建立御本尊を奉安し、末代永く国土安穏、万民豊楽の勅願寺となされ、身心安楽、諸願成就、十方信者現世利益の霊場として今日ますます信仰を深めているのが、油山寺草創の縁起でございます。

 爾来歴代皇室の尊信をあつめ、特に源頼朝公、今川義元公は塔堂を建立寄進され、徳川歴代の将軍より御朱印を頂戴し、横須賀藩主西尾隠岐守、掛川城主太田備中守は格別の帰依厚く、七堂伽藍全山に盛観をきわめましたが、戦国の兵乱、明治の廃仏毀釈など幾多の変遷をへて今日にいたりました。

 一山境内五十町歩は山水の美にめぐまれ、峰の松風、谷川のせゝらぎ、翠岩よりおちる滝のひびきは千古その姿をあらためず、御本尊薬師如来をはじめ奉り、山内諸天善神の御霊感いよいよ厚く、全国信者の帰依尊信をあつめ、東海の名刹として、また遠州の三山として日々信者に栄えております。

 ◎ 御本尊薬師瑠璃光如来

 孝謙天皇御勅願、行基大士御作の秘仏で諸病全治、厄除、開運、ことに眼病全快の霊験あらたかに深く信仰され奥の院薬師堂内陣に日光菩薩月光菩薩の両脇士、十二神将のご眷族と共に安置され、国宝宮殿のなかにかたく秘仏としておまつりされてあります。








 




[以下は小林のテキストではなく、アルバムに貼られた文献のコピーから。]

 瑠璃のお滝

 昔は油の滝と称し、孝謙天皇が心願の御加持水で眼病御全快された由緒ふかいお滝であります。今は清浄玉のような霊水が一条の滝となって岩上よりおちていますが、いかなる渇水時でも千古一日もたえることなく、しかも、ホーサンが含まれているので信者はこの浄水に目を清め、霊水を頂いてご利益に感謝しております。

 ◎油山寺 薬師如来 加持霊水

 孝謙天皇御眼病全快の由来にちなみ、お滝の清浄水をくみ、お大師様ご垂示の加持物を和合し、薬師如来ご宝前で修法祈念したご霊水で、昔から十方信者をはじめ広く世間に喜ばれ、深く感謝されております。



(注:上記の説明書きには「頭の悪いお方もこのお滝にうたれますと全快すると申します」とある。この場合の「頭の悪い」は、“頭に病気がある”くらいの意味だろう。)

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小林靖彦のアルバム『水治療法史』は今回で終わりである。
さらに、別のアルバムにつづく。

| 新シリーズ・小林靖彦資料 | 16:48 | comments(0) | - | pookmark |
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