近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
<< 呉秀三・樫田五郎の私宅監置論文(1918年)から100年目の記念イベント | main | 韓国の法律家と日本の精神医療法制について語り合う。 >>
居ても立っても居られず、沖縄。

沖縄は4度目だ。

今回の旅の目的は、のちほど述べたい。

 

まずは観光(というか街を放浪)的な話から。

県庁近くのホテルをチェックアウトして、県立博物館・美術館へ行こうと思い立つ。

ゆいレール(モノレール)の高架に沿って歩いていくと、鬱蒼とした緑の塊りのような場所があった。

崇元寺公園である。

その塊りはガジュマルの巨木だった。

 

(那覇市の崇元寺公園にあるガジュマル。「都市景観資源」に指定されている。)

 

さらにズンズン進んでいくと県立博物館・美術館に着いた。

開館まで少し時間がある。

近くのマックでコーヒーを片手に、Google Map を検索しているうちに、守礼門という文字に気持ちが動いた。

懐かしい。

切手収集に、それこそ全身全霊をかけていた子どものころ、琉球政府発行の記念切手の値段がとても高かった記憶がある。

投機の対象になったこともあったかもしれない。

守礼門をデザインした切手がその代表格である。

 

博物館・美術館はもういいや、守礼門へ行くしかない、と思った。

マックから歩いて45分くらいで着けそうだった。

何も知らなかったが、守礼門は首里城に通じる道の手前にあるらしい。

ともかく、Google Map を頼りに、首里城方面に向かえばいい。

 

那覇はけっこう坂道が多い。

首里城に通じる坂道を登りきる途中に、首里観音堂というのがあった。

門の脇で密生しているカンノンチクの緑に目を奪われた。

自分の実家にも鉢植えのカンノンチクがあったっけ。

 

(首里観音堂のカンノンチク。「観音竹」の名称はここが発祥という。)

 

坂道をさらに進むと守礼門に到達。

あたりは、観光客、とくに中国からの団体ツアー客(のみ?)で大いに賑わっていた。

守礼門を越えれば、もう首里城である。

城の無料見学エリアだけを散策したが、朱塗りの立派な建物があちこちに。

世界文化遺産というだけのことはある。

 

(世界文化遺産・首里城から海をのぞむ。)

 

さて、ここからが本題である。

沖縄訪問の目的は、「私宅監置施設の保存に関する懇談会」に出席するためであった。

ヤンバルの私宅監置小屋を残していくために、関係者がさまざまな取り組みをしているのだが、その経過報告と今後について話し合うという会である。

 

その会場へは、首里城から再び徒歩。

坂道を下り、サトウキビの畑道も抜けて、50分くらいは歩いたか。

 

数年前にその私宅監置小屋の存在を知ったときの衝撃は、いまでも忘れられない。

その建築物としての価値は計り知れないが、保存には多くの課題があり、壊されてしまう可能性も高い。

そういう危機感が関係者の間にはあり、それがこの会合の開催につながった、と私は認識している。

会合の知らせを受けて、あわてて航空券を手配し、まさに「居ても立っても居られず、沖縄」に来たというわけである。

 

関係者からの報告やフリーディスカッションが3時間以上は続いた。

「負の遺産」などという言葉はいくらでも思いつくし、首里城以上に世界文化遺産にふさわしいと確信しているが、地元の住民や家族の立場を思うと、事情もよくわかっていない「ヤマト」の人間の私が、あれこれ言う立場にはない…と寡黙になるしかなかった。

これから、どのようにこの問題が展開していくのか、精神医療史の研究者の立場から見守っていきたいと思う。

| フリートーク | 17:24 | comments(0) | - | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 17:24 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする









SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
LINKS
PROFILE