近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
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台湾精神医療史紀行(おまけ・台北ビエンナーレ2016)

台北からもどって2週間近くがたって、いまさらながらの「台湾精神医療史紀行」の続編をアップしたい。

とはいえ、「おまけ」なので、もはや精神医療史からは逸脱し、調査と学会の合間に訪れた台北ビエンナーレのお話。

 

2014年にもこのビエンナーレを訪れており、今回が2回目。

ただ、前のブログで書いたように、台風の影響で、会場の台北市立美術館が2日間くらい閉館になったようだ。

それとも知らずに、のんきにMRT(地下鉄)を乗り継いで出かけたところ、その日が臨時閉館で、落胆して帰った。

次に日に出直した。

 

純粋にアートを楽しもうと思ったのだが、ちょっと仕事モードに引き戻される展示があった。

陳界仁 CHEN Chieh-jen の Realm of Reverberations である。

ごく簡単にいえば、台北近郊にある樂生療養院の保存運動を記録した一連の作品群である。

 

(ハンセン病関連の映像展示、台北ビエンナーレ2016)

 

樂生療養院は、日本の植民地時代の1929(昭和4)年に台湾総督府癩病療養楽生院として設立された。

いわゆるハンセン病療養所である。

多くの患者が隔離収容され、長期間にわたってそこに住むことを強いられた。

だが、1994年にMRT建設のために療養所の撤去が決まり、入所者は新病院に移されることに。

だが、慣れ親しんできた療養所以外に行き場がない、と考える入所者から、施設撤去に反対する運動が起こった。

というのが、きわめて大雑把だが、樂生療養院の保存運動の背景である(と私は理解している)。

 

ところで、―冒頭で「精神医療史からは逸脱し」などと書いたことに反するが― 台湾最初の精神病院である(私立)養浩堂医院が開設されたのは、樂生療養院と同じ1929年で、台湾総督府精神病院・養神院が発足したのが1934(昭和9)年。

法律については、行政諸法台湾施行令によって、日本本土の癩予防法が台湾で施行されたが1934年、この2年後の1936(昭和11)年には、日本本土の精神病者監護法および精神病院法が(一部修正されて)台湾でも施行されている。

こうしてみると、1920年代おわりから1930年代にかけての台湾では、ハンセン病・精神病に関する政策の大きな変化があったことになる。

 

著作権のこともあろうから、陳界仁 CHEN Chieh-jen の写真作品は掲載を控えて、樂生療養院関係のパネルの写真を下に載せておきたい。

私が一番興味深かったのは、樂生療養院の保存運動それ自体ではなく、それがビエンナーレという「現代アートの舞台」でほかの作品と同列に並んでいることである。

ごく普通に。

 

ただ、いろいろ調べてみると、樂生療養院とアートとの関係は深いようで、日本人アーティストもここでワークショップを行っている(たとえば https://jp.globalvoices.org/2009/06/20/984/)。

医療と現代アートとの関係は、ますます面白くなってきていることは確かなようだ。

 

(樂生療養院保存運動の概説パネル、台北ビエンナーレ2016)

 

(樂生療養院保存運動の概説パネル、台北ビエンナーレ2016)

 

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