近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
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(続報)第6回「私宅監置と日本の精神医療史」展 in 東京

東京都立松沢病院での「私宅監置と日本の精神医療史」展の第一ピリオド(2016年9月2日・3日)が無事終了した。

実に多種多様な人たちの来訪があった。

 

「私宅監置なんて、一般的な言葉ではないですよね?」という見学者の人がいた。

専門家の間では、ある意味で一般化しすぎた言葉で、そんな感覚を忘れていた。

しかし、確かに「一般的ではないよな、ふつう」と思い直した次第である。

ともかく、わざわざ展示会に足をはこんでいただいた方々に、あらためてお礼申しあげたい。

 

展示会の第二ピリオドは、来週(9月9日・10日、ともに午前10時から午後4時まで、ギャラリートーク:スタートは、午前10時30分と午後2時30分)である。

 

以下は展示会場の写真である。

参考までに。

 

[リハビリテーション棟の玄関。病院職員の方が看板を用意してくれた。「私宅監置展」とは、なかなか迫力があるタイトル。]

 

[リハビリテーション棟の木工室内に展示スペースを作った。]

 

以下の写真は展示会とは直接的な関係はない。

展示会の暇な時間に、病院構内を散歩してモニュメントをさがしに行った。

 

[呉秀三(くれ・しゅうぞう)の胸像。]

 

リハビリテーション棟の入口近くにあるのが、第5代院長だった呉秀三(東京帝国大学教授との兼任)の胸像である。

胸像の説明によると、この像は昭和24(1949)年に作られたが、リハビリテーション棟が新設された際に、現在の位置の移設されたという。

 

[榊俶(さかき・はじめ)の胸像]

 

リハビリテーション棟の横にまわると、榊俶の胸像もあった。

榊は第3代院長であり、東大精神科の初代教授である。

呉秀三の「師匠」にあたる。

 

[石橋ハヤの記念碑]

 

石橋は、呉秀三に見込まれて本院に奉職した看護婦である。

昭和30(1955)年、国際赤十字委員会よりフローレンス・ナイチンゲール記章受賞者に選ばれた。

その翌年にこの記念碑が建立されたという。

現在は、上記の呉秀三の胸像の向かい側くらいに立っている。

 

碑には、巣鴨病院(松沢病院の前身)の医員だったこともある齋藤茂吉の短歌

「うつつなる 狂女の慈母の額より ひかり放たむことき尊さ」

が刻まれている(本来は「…ごとき尊さ」だが、「ご」の濁点を除いた形で刻印)。

ただ、この記念碑にあまり気をとめる人もいないのか、草におおわれつつあった。

それはそれで趣があるのだが。

 

[将軍池]

 

松沢病院といえば、「作業療法」の一環として作られたという「加藤山」と「将軍池」が有名であろう。

その由来は他所でも検索できるだろうから、ここでは省略したい。

 

私にとって新しかったのは、将軍池に隣接して「世田谷区立将軍池公園」が設置されていたことである。

ただし、病院と公園との間には柵があって、自由に行き来はできないようになっていた。

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