近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
<< 『静岡』 その13 <新シリーズ・小林靖彦資料 43> | main | 日本医史学会1月例会 >>
『静岡』 その14 <新シリーズ・小林靖彦資料 44>

さて、小林靖彦アルバム『静岡』も、今回が最終回となる。
トリをつとめるのは、浜松の三方原脳病院である。
小林は名古屋第一赤十字病院の精神科部長を退職した後、1981年から医療法人好生会三方原病院(もとは三方原脳病院)の顧問をつとめた。
ただし、このアルバムが作成されたのは、まだ名古屋第一赤十字病院に勤務していた頃のはずである。

-------------------------------------------------------------------------------

三方原脳病院


 大正15年(1926)8月、医学博士渡辺鍵太郎(大正4年、愛知医専卆、神経精神科学教室入局、大正15年、愛知医大助教授、仝年、東京帝大にて学位授与)が、浜名郡冨塚村段子川837の56に、個人経営にて、病床35の「三方原脳病院」を開設した。



 昭和8年(1933)10月24日、合資会社「三方原脳病院」となり、医学博士朝山種光(大正14年、千大専卆、昭和7年、母校にて学位授与)が、院長に就任。病床80.

 昭和14年(1939)1月、合名会社「三方原脳病院」に改組。

 昭和15年(1940)3月、病床数82(内指定[注:代用の誤りか]病床25)に増床され、代表社員に、医師渡辺一忠が就任した。

 昭和32年(1957)1月、「三方原病院」と改称。病床数101となる。

 昭和33年(1958)、耐火構造2階建病棟の増築に着手し、昭和34年(1959)4月、病床数201(内指定病床100)となる。

 昭和38年(1963)6月、合名会社を医療法人好生会と改組すると共に開放病棟の増築に伴い、病床数225(内指定病床180)となる。


浜松市泉町837-56にあった三方原病院

 昭和42年(1967)10月、病院の諸施設も老朽化し、周囲の環境も療養にふさわしくない様相となったので、病気療養に最適の新天地を求めて、病院の全面移転の方針を決定し、昭和43年(1968)、浜松市小沢渡町2195の2に、13,157屬良瀉呂魍諒櫃掘⊂赦44年(1969)1月、耐火構造3階建の看護宿舎と職員食堂を建設し、次いで、昭和46年(1971)8月新病院の建設に着手し、昭和47年(1972)10月、完成に依り、仝年12月1日、全面移転を完了し、今日に至る。

 院長は朝山種光の後、大嶽巌、工藤幹雄、渡辺一忠、玉木善次郎、日吉明、杉井森夫、市川格之助、安井哲と引き継がれて、現在は渡辺庸一院長である。


小沢渡町に移転した新病院

(アルバム『静岡』はこれで終わり)

-------------------------------------------------------------------------------

小林の記述は、現在の三方原病院のHPにある沿革とは必ずしも一致していない。
事実関係の詳細な突合せが必要ということであろう。

次回からは小林靖彦アルバムの『名古屋の精神医学史 戦後編1』および『同 戦後編2』を紹介する予定である。

| 新シリーズ・小林靖彦資料 | 21:29 | comments(0) | - | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 21:29 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする









SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
LINKS
PROFILE