近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
第21回日本精神医学史学会プログラム

以下の会期・会場で開催される日本精神医学史学会のプログラムが、学会HPにアップされた。

それをコピペして、お知らせしたい。

 

会期:2017年11月11日(土)〜 11月12日(日)
会場:自治医科大学医学部教育・研究棟講堂
   〒329-0498 栃木県下野市薬師寺3311-1

 


プログラム1日目(11 月11 日 土曜日)


■ 8:55 〜9:00 大会長挨拶

 

■ 9:00 〜 10:00 一般演題セッションA
座 長:大 前 晋(虎の門病院)
A−1 Kleine-Levin 症候群、前思春期周期性精神病、若年周期精神病の近接性について
黒 鳥 偉 作、阿 部 隆 明
(自治医科大学精神医学教室、自治医科大学とちぎ子ども医療センター)
A−2 Schneider K はJaspers K の『Allgemeine Psychopathologie』をどう読んだか
工 藤 弘 毅(東京歯科大学市川総合病院精神科、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
古 茶 大 樹(聖マリアンナ医科大学神経精神科学講座)
A−3 ウジェーヌ・ミンコフスキーの同調性概念の射程季;〔餌伽鎖整絣悗蛤本的経験論
佐 藤 愛(立命館大学 言語教育センター)


■ 10:05 〜 11:05 一般演題セッションB
座 長:須 田 史 朗(自治医科大学)
B−1 入院医療費支払区分別精神科特殊治療の比較
──国立武蔵療養所診療録・1956 年『在院精神障害者実態調査』個票を利用して──
後 藤 基 行(慶應義塾大学(PD)、国立精神・神経医療研究センター)
B−2 心理療法における心的イメージとしての「マンダラ」(3)
若 山 須賀子(児玉教育研究所 心理療法センター)
B−3 精神障害者の語りから、精神科における「身体療法」の意味を考える
永 井 義 雄(大阪府立大学現代社会システム科学研究科客員研究員)

 

■ 11:10 〜 12:10 一般演題セッションC
座 長:鈴 木 國 文(松蔭病院、名古屋大学名誉教授)
C−1 英国の「内科全書」(1868) におけるモーズリーによる精神病(インサニティ)
解説について
山 岸 洋(北野病院)
C−2 ミッシェル・フーコーのフィリップ・ピネル批判を巡って(検
高 橋 豊(中央大学)
C−3 J.Grasset(1849 〜 1918)の業績について( その )
小 泉 明(港北病院)

 

■ 12:10 〜 13:20 昼休み

 

■ 13:20 〜 14:20 会長講演
座 長:加 藤 敏(小山富士見台病院、自治医科大学名誉教授)
小児精神医学の先駆者たち── H. Emminghaus とP. Moreau de Tours
阿 部 隆 明(自治医科大学とちぎ子ども医療センター)

 

■ 14:25 〜 15:25 一般演題セッションD
座 長:内 海 健(東京藝術大学)
D−1 Hans Berger 脳波の100 年 ──その浮沈の歴史──
細 川 清(香川医科大学名誉教授、原尾島クリニック)
D−2 用語「精神医学」をめぐって
影 山 任 佐(郡山精神医療研究所顧問(東京工業大学名誉教授、昭和女子大学客員教授))
D−3 ホッヘ、A による『早発痴呆論』
松 下 正 明(東京大学名誉教授)

 

■ 15:30 〜 18:00 シンポジウム 「精神分析運動の歴史」
座 長 松 本 卓 也(京都大学大学院人間・環境学研究科)
S機檻 精神分析運動と女性性の問い
上 尾 真 道(滋賀県立大学非常勤講師)
S機檻 トゥルケ報告、および精神分析運動におけるラカンの位置
ニコラ・タジャン(国立精神神経医療研究センター 成人精神保健研究部)
S機檻 日本の精神分析運動について
西 見奈子(白亜オフィス)
S機檻 ソビエト・ロシアの精神分析
国 分 充(東京学芸大学)

 

■ 18:10 〜 20:10 懇親会 

 


プログラム2日目(11 月12 日 日曜日)


■ 9:00 〜 10:00 一般演題セッションE
座 長:北 垣 徹(西南学院大学)
E−1 「インパール作戦・敵前撤退命令を下した佐藤幸徳司令官への上層部の対応」の考察・・
精神鑑定命令時点における本人の手記を読み解く。
栗 本 藤 基(医療法人藤樹会 滋賀里病院)
E−2 フランス植民地医療におけるブリダ精神病院の位置
20 世紀中葉アルジェ精神医学派の展開を中心に
松 本 智 憲、松 本 卓 也(京都大学大学院人間・環境学研究科)
E−3 英領ナイジェリアにおけるアサイラムと曖昧な植民地主義
落 合 雄 彦(龍谷大学法学部)


■ 10:05 〜 11:05 一般演題セッションF
座 長:生 田 孝(聖隷浜松病院)
F−1 ジャック・ラカンの身体論の変遷──鏡像段階の生成からイメージなき身体へ──
山 雅 広(京都大学大学院人間・環境学研究科)
F−2 フロイトにおける言語への注目の成立とその展開
山 田 修 平、松 本 卓 也(京都大学大学院人間・環境学研究科)
F−3 ベルリン精神分析インスティテュート──その繁栄と実態──
藤 井 あゆみ(大阪大学CO デザインセンター)


■ 11:10 〜 12:10 特別講演
座 長:阿 部 隆 明(自治医科大学とちぎ子ども医療センター)
統計の考え方と日本の文化
永 井 良 三(自治医科大学学長)


■ 12:10 〜 13:10 昼休み


■ 13:10 〜 13:40 総会


■ 13:40 〜 14:40 一般演題セッションG
座 長:古 茶 大 樹(聖マリアンナ医科大学)
G−1 日本の子育てをめぐる問題への対応についての歴史(4)
──平安時代(世俗文献から)──
中 山 浩(川崎市こども家庭センター 児童精神科)
G−2 沖縄精神医療史研究の再検討 公文書にみる精神病者
橋 本 明(愛知県立大学)
G−3 私宅監置論文発表100 年記念をまえに
岡 田 靖 雄(青柿舎(精神科医療史資料室))


■ 14:45 〜 17:15 シンポジウム 「精神医学と優生思想」
座 長:鈴 木 晃 仁(慶應義塾大学)
S供檻 優生学──ユートピアから絶滅へ──
中 谷 陽 二(筑波大学名誉教授、クボタクリニック)
S供檻 精神医学史の中の優生学史
小 俣 和一郎(精神科医・精神医学史家)
S供檻 優生学史と精神医学史
市野川 容 孝(東京大学)
S供檻 文化精神医学史と優生学
大 塚 公一郎( 自治医科大学)

 


以上

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トリップ・トゥー・ピッツバーグ

先月の9月28日と29日にアメリカ・ペンシルベニア州にあるピッツバーグ大学で、"From Madness to Medicine in Japanese Culture" をテーマにした小さな研究集会が開かれた。

せっかく「なにか話してもらえませんか」と声をかけてもらったし、テーマは私の関心領域そのものなので、万難を排して参加することに決めた。

ただ、勤務先大学の大学院入試の日程と近接し、かなりタイトなスケジュールだった。

 

(ピッツバーグ大学の Cathedral of Learning。ピッツバーグのシンボルのような存在。)

 

研究集会の日までは、2、3日あったので、史跡を探訪。

アメリカの州立精神病院の歴史には興味があるが、自分には未開拓の領域である。

そこで、ピッツバーグ近郊の Dixmont State Hospital の遺構を訪れた。

今回の集会のホスト役である、ピッツバーグ大学の Clark さんが車で案内してくれたのは助かった。

その際、この病院の歴史を紹介する参考文献("Dixmont State Hospital"、以下の写真)も借りてきてくれた。

 

(Mark Benton:Dixmont State Hospital, Arcadia Publishing, 2006 の表紙)

 

この "Dixmont State Hospital" および "The Institutional Care of the Insane in the United States and Canada, vol. III" (1916, reprint 1973) の記述から、この病院の歴史を拾い上げてみたい。

 

そもそも Dixmont State Hospital は、1853年にオープンした Western Pennsylvania Hospital の Department of the Insane に遡る。

しかし、この Department of the Insane の患者が増加したため、ピッツバーグの郊外に全面移転するにことになった。

精神医療改革者として知られる Dorothea Lynde Dix の提案にもとづき、オハイオ川をのぞむ小高い丘の上が病院用地に選ばれ、1862年に Western Pennsylvania Hospital for the Insane として開院した。

その名称は、Dixmont Hospital for the Insane(1907年)、Dixmont Hospital(1921年)、Dixmont State Hospital(1945年)と変更されている。

 

初代院長の Joseph Allison Reed(1884年、院長として在職時に死去) は、患者の作業活動を推し進め、病院の美化に努めることを信条としていた。

その後も、州からの病院予算が年々削られていくなかで、Reed の精神は病院スタッフやボランティアに引き継がれていく。

1966年に Robert Weimer が4代目の院長すると、「ディックスモント・ルネサンス(Dixmont's Renaissance)」として知られる時代が始まった。

病棟の窓から鉄格子が廃止されるなど病院の開放化が進み、地域の人々が病院の諸活動に積極的に関わるようになった。

 

しかし、州当局は、維持費がかさむ病院の閉鎖を考え始めていた。

1960年代はじめには、病院側がさらなる資金援助と病院の改修を盛んに州に求めていたが、実現しなかった。

そして1972年、州は Dixmont State Hospital の閉鎖計画を発表。

市民から抗議の声があがり、いったんはその計画も見直されたが、結局は1984年に閉鎖となった。

1940年末の在院患者は1200人以上だったが、1967年末には745人、1977年末には362人にまで減少していた。

閉鎖時点で残留していた患者177人は、別の2ヵ所の州立精神病院(Woodville and Mayview State Hospitals)に移された。

閉鎖後もしばらくは建物は残されていたようだが、2006年までにはほぼすべてが解体され、敷地は更地となり、現在に至る。

 

以上がおおまかな歴史である。

つまり、歴史的な建物は全く残されていない(厳密にいえば1971年に建てられたという The Cammarata Building はいまも存在し、その一部が子ども関係の通所施設に転用されているようだった)。

 

というわけで、下の写真が病院が建っていた丘である。

 

(かつて病院があった場所)

 

また、病院敷地のすぐ脇を Route 65 が走り、この Route 65 に平行して鉄道が走っている。

さらに、鉄道の向こうにはオハイオ川が流れている。

 

下の写真は、線路と背後のオハイオ川を写したもの。

写真を写したのとは正反対の方向(つまり撮影している私の背中の方向)が、病院の敷地となる。

かつては鉄道の駅(Dixmont Station)もあったので、便利な立地だったといえよう。

 

(鉄道とオハイオ川)

 

ところで、病院敷地の丘の上には、患者を埋葬した墓地が残っているというので行ってみることにした。

ただ、車で行くには、かなりわかりにくい場所にあり、運転していたClark さんにはかなり手間をかけてしまったかもしれない。

やっとたどりついた墓地に入口に、"DIXMONT STATE HOSPITAL CEMETERY" の碑が立っていた。

 

(墓地の入口に立つ追悼碑)

 

追悼碑の側面には墓地の由来が書かれていた。

下の写真にあるように、1863年から1937年にかけて、ここに1,300人以上の患者が埋葬されたという。

 

(追悼碑の側面に書かれている墓地の由来。碑文には1937年3月8日までの埋葬患者とあり、第二次世界大戦の veterans も含まれるとあるが、時期的に合わない気がするのだが…)

 

森の中のあちこちに、墓標が立っていた。

そこには、個人の名前はなく、ただ数字だけが彫られていた。

 

(点在する墓標)

 

森の中は静まり返っていて、落ち葉が地面に着地するときの、カサッ、カサッという、妙に乾いた音だけが響いていた。

その音に聞き入りながら、しばらく時間が経つのを忘れて、放心状態(単に時差ぼけか)。

 

最後に、本来の目的であった、研究集会 "From Madness to Medicine in Japanese Culture" について。

とても小さな集まりなのに、当日会場にいくと立派なプログラム冊子が用意されていた(下の写真)。

 

 

プログラムに書かれている登壇者のテーマを書き写して、内容紹介に代えたいと思う(なお、実際の発表時には、テーマ・タイトルに多少の変更はあった)。

 

Thursday September 28, 2017

 

Neither Religion nor Medicine: Knowledge from Experience - A New Dimension of Treatment and Care for Mental Patients in Modern Japan

HASHIMOTO AKIRA  Aichi Precfectural University

 

A Literary Marketplace for Hysteria in Japan, 1910s - 1920s

YUMI KIM  Johns Hopkins University

 

Beyond Iwakura: From Madness and Monasteries to Insanity and Mental Institutions

JAMES ROBSON  Harvard University

 

The Soma Incident: Medicine, Madness, and the Problem of Rights in Meiji Japan

SUSAN L. BURNS  University of Chicago

 

Curing Shinkei Suijaku (Nervous Exhaustion) in Late Meiji and Taisho

HIROSHI NARA  University of Pittsburgh

 

Writing Madness in Early Showa Fiction

NATHEN CLERICI  State University of New York, New Paltz

 

Friday September 29, 2017

 

Shigehira: Remembering the Burning of Nara on the Noh Stage

ELIZABETH OYLER  University of Pittsburgh

 

Observing Mental Affliction in Pre-Modern Japan

ANDREW GOBLE  University of Oregon

 

One Hundred Years of Melancholy in 20th Century Japanese Literature

CHARLES EXLEY  University of Pittsburgh

 

From Buddhist Practice to Psychiatric Intervention: How Naikan Meditation Came to be Used in Japanese Mental Hospitals

CLARK CHILSON  University of Pittsburgh

 

以上である。

冒頭で述べたように、勤務先大学の入試業務があったので、プログラムの途中で退散しなくてはならなかったのは、なんとも残念だった。

 

おまけ。

最後の最後、last but not least.

ある時から動物園巡りに凝りだしたのだが、ピッツバーグにも動物園があることがわかり、是が非でも行かねばと考えた。

ピッツバーグ大学近くの Fifth Avenue からバスに乗り、終点の Highland Park で下車。

ここまで来れば「獣の臭いがする」と聞かされていたので(それは確かだった)、場所はすぐわかると思っていた。

が、標識らしきものはなく、さんざん道に迷って、最後は公園を散歩していたおばさん(偶然だが、動物園のパスを購入しているほどの事情通だった)に道を尋ね、なんとか動物園に到達。

以前のブログで言及したプラハの動物園に続いて、ピッツバーグでもゴリラ見物が主たる目的である。

下の写真にあるように、ピッツバーグ動物園のゴリラ(ローランド・ゴリラ)は5頭である。

望遠レンズをもっておらず、デジカメで写したゴリラは黒い点くらいにしか見えず、ゴリラ舎のところにあるゴリラ・クイズの画面を紹介するにとどめたい。  

 

 

| フリートーク | 09:41 | comments(0) | - | pookmark |
新刊 "Zentrum und Peripherie in der Geschichte der Psychiatrie"

宣伝をひとつ。

自分も論文を寄せている本が、今日やっと手元に届いた。

2012年6月にドイツ南部の小都市ツヴィーファルテン(Zwiefalten)で開かれた研究会 ”Zentrum und Peripherie in der Geschichte der Psychiatrie (精神医学史における中心と周縁)” での演題をまとめた、ドイツ語と英語の混交論文集である。

研究会から5年以上が経過。

出版までの道のりは、ずいぶん長かった。

これをまとめあげた Thomas Müller に感謝。

 

以下がその表紙および目次である。

 

 

Thomas Müller (Hg.)

Zentrum und Peripherie in der Geschichte der Psychiatrie: Regionale, nationale und internationale Perspektiven
Franz Steiner Verlag, Stuttgart (2017)
 


Sektion I:
Zentren und Peripherien in der regionalen Geschichte der Psychiatrie.
Der deutsche Südwesten

 

Julia Grauer
Eine private Irrenpflegeanstalt in Württemberg, 1843-1891

 

Uta Kanis-Seyfried
Zum Verhältnis von Heimat und Ferne, Fremdem und Eigenem
Aspekte zeitgeschichtlicher Wechselbeziehungen in der Württembergischen Anstaltszeitung "Schallwellen", 1897-1936

 

Livia Prüll
Zentrum und Peripherie in der Badischen Psychiatrie
Zur Geschichte der Klinik in Freiburg und Emmendingen, ca. 1850 bis 1945

 

Sebastian Kessler
Die Heil- und Pflegeanstalt Günzburg während der Großen Depression
Psychiatrie und Stadt-Land-Beziehung in Zeiten der sozioökonomischen Krise

 


Sektion II:
Zentren und Peripherien in der regionalen Geschichte der Psychiatrie.
Norddeutsche Perspektiven

 

Heiner Fangerau
Scope for action at the psychiatric periphery around World War I
A public sanatorium for 'nervous diseases' in the Province of Hanover

 

Monika Ankele
Eine Chronik der Linie
Über die Annäherung von Zentrum und Peripherie am Beispiel der Krankenanstalt Langenhorn bei Hamburg

 

Stefan Wulf
Wahnsinn zwischen kolonialer Peripherie und europäischer Metropole
Patienten aus den deutschen "Schutzgebieten" Afrikas in der Hamburger Irrenanstalt Friedrichsberg, 1900-1915

 


Sektion III:
Psychiatriegeschichte jenseits der Nation und des europäischen Kontinents

 

Waltraud Ernst
Centres and Peripheries in the Periphery
Medicine and Psychiatry in British India, c. 1920-1940

 

Akira Hashimoto
Japanische Psychiater "zwischen" den akademischen Zentren der Psychiatrie der westlichen Hemisphäre
Uchimura Yushi (1897-1980) und seine Zeitgenossen

 

Akihito Suzuki
Psychiatric Surveys and Eugenics in the Family and Community in Japan, 1935-1945

 


Sektion IV:
Psychiatriegeschichte erforschen und erklären.
Museologische Ansätze und Public History jenseits akademischer Printmedien

 

Celia Di Pauli, Lisa Noggler, Eric Sidoroff
Die mitgenommene Geschichte oder Im Zentrum: die Peripherie
Zur Rezeption der bilingualen Ausstellung "Ich lasse mich nicht länger für einen Narren halten. Zur Geschichte der Psychiatrie in Tirol, Südtirol und dem Trentino"

 

Thomas Müller
Zentrum und Peripherie aus der Perspektive medizinhistorischer Forschung
Das Beispiel der Psychiatrie im Nationalsozialismus

 

以上。

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