近代日本精神医療史研究会

Society for Research on the History of Psychiatry in Modern Japan
新刊『明治・大正期の科学思想史』

近日中に金森修編『明治・大正期の科学思想史』が勁草書房から刊行される。

執筆に関わったことから、一般に出回る前に手元に届いた。

宣伝を兼ねて、この本をごく簡単に紹介したい。

 

 

本の帯にあるように「金森修が構想、執筆者を集めた最後の書。明治以降の我が国の科学思想史を通覧する三部作、ここに完結」。

「三部作」というのは、すでに刊行されている『昭和前期の科学思想史』(2011年)と『昭和後期の科学思想史』(2016年)を念頭に置いているからである。

 

内容(章 [執筆者])は以下の通り。

当初は金森氏の章が入る予定だったが、氏が2016年5月に逝去されたため、それはかなわなかった。

 

第一章 国民と実学──「啓蒙」と「戯作」の交点[金子亜由美]
第二章 山川健次郎の科学思想と尚武主義──物理学・社会学・富国強兵[夏目賢一]
第三章 横井時敬の農学[藤原辰史]
第四章 明治・大正期の地理的知──朝鮮半島の地誌と旅行記をめぐって[米家泰作]
第五章 宇宙と国粋──三宅雪嶺のコスミズム[奥村大介]
第六章 帝國大學と精神病学と精神病者──明治・大正期における精神病治療思想の系譜[橋本明]
第七章 天変地異をめぐる科学思想──関東大震災と科学啓蒙者たちを中心に[中尾麻伊香]
第八章 千里眼は科学の分析対象たり得るか──心理学の境界線をめぐる闘争[一柳廣孝]

 

以上。

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プラハの夏、またはチェコ精神医療史的紀行

二年に一度、夏に欧米の諸都市を巡って開催される国際学会がある。

参加費が高く、周到に組織された集まりともいえず、しかも、いつも大学の前期の授業期間に重なるので、何度か「引退」を考えた。

しかし、なぜか演題募集の時期になると、どこからともなく誘いの声がかかり、今回も発表することになってしまった。

それで、プラハの夏、ならぬ、夏のプラハにやってきたのである。

 

(会場のカレル大学 [Univerzita Karlova] の法学部。日程の最終日で、閑散としている。)

 

学会の詳細はリンクを見てもらうのが手っ取り早いだろう。

学会もいいが、チェコの精神医療史にまつわる「史跡」巡りも悪くない。

ここでは、その話をしたい。

 

プラハを中心都市とするボヘミア王国で、最初に精神病院(癲狂院 Tollhaus)が作られたのは1790年だという。

当時のボヘミアはオーストリア帝国の傘下にあり、皇帝ヨゼフ二世は帝国内の主要都市に総合病院を整備した。

プラハに総合病院が作られたとき、同じ敷地内に精神病院も開院したのである。

 

その後、1880年代にチェコの精神医学に一大変革が起こる。

ヨーロッパで最も古い大学のひとつとされるプラハのカレル大学では、講義はすべてドイツ語で行われてきた。

しかし、1881年からドイツ語とチェコ語を使う二つの大学への分離がはじまる。

カレル大学精神科のホームページによれば、チェコ語による精神医学の講義が始まったのは1885年であり、チェコ語大学の精神科病棟の始まりは1886年(11月19日)とされる。

この病棟の最初の教授が Benjamin Čumpelík (1845-1909) である。

当時から使われていたという、その歴史的な病棟を訪ねることにした。

 

(Vltava に架かる橋で)

 

宿泊先のホテルがある Anděl から東へ向かい、Vltava に架かる橋を渡る。

右に折れてしばらく歩き、Apolinářská という狭くて上り坂になっている通りを登りきり、Ke Karlovu という別の通りを左に曲がる。

やがて、Psychiatrická klinika の看板が見えてきた。

通り沿いには門はなく、誰でも自由に入れる。

下の写真が精神科の歴史的な建物である。

 

(塀の向こうに通じる入口も開いているが、部外者が入るのはどうかと思い、外側からのみの見学。)

 

(建物の裏に回ってみた。)

 

精神科に知り合いがいるわけでもなく、アポなどはもちろんとっていないから、外観や周囲の雰囲気を確認しただけだ。

周囲といえば、通りを挟んでほぼ反対側に、チェコの国民的作曲家ドヴォルザーク(ドヴォルジャーク/ドヴォジャーク Antonín Dvořák)の博物館があったが、今回はパスした。

精神医療史とはまったく無関係ではない、別の場所にどうしても行きたかったのである。

以前「プラハの精神病院とコンテンポラリーアート」という記事で、チェコのコンテンポラリー・アーティスト Eva Kotátková がプラハの精神病院(Psychiatrická nemocnice Bohnice)で行った展示とパフォーマンスについて紹介した。

以来、このアーティストが気になり、彼女の作品をいくつか所有しているらしい hunt kastner というギャラリーを訪ねることにした。

 

上記のカレル大学精神科から歩いて hunt kastner をめざす。

中央駅(hlavní nádraží)を越えてしばらく行くと、急坂になっていた。

どうもプラハには坂が多い。

Bořivojova という通りの 85番 にそのギャラリーはあった。

間口は狭く、静まり返っていて、なんとなく入りにくい。

時間を確かめてきたはずだが、本当に開いているのか…と、不安な気持ちで入口のベルを押す。

 

(hunt kastner の入口で)

 

すると、愛想のいい女性が出てきて、対応してくれた。

来訪の意図を告げると、棚に保存されているいくつかの Eva Kotátková の作品を見せてくれた。

大部なカタログがあるというので、迷わず購入。

これだけで、結構、満足、満足。

ギャラリーは中庭に通じていて、その先にも作品展示用の建物があった。

 

(hunt kastner の中庭。手すりが見えているレベルに、ギャラリー本部とは別の作品展示用建物がある。)

 

精神医療とはほとんど関係はないが、プラハから鉄道で2時間半くらい、モラヴィア地方の中心都市ブルノ(Brno)にも行きたい場所があった。

メンデルの法則で知られる Gregor Johann Mendel が在職していた修道院(英語では Old Brno Abbey)である。

 

(ブルノの中心街)

 

かつて植物学を専攻していた身としては、聖地巡礼のようなものか。

などと言いながらも、事前にろくに場所も確認せず、ブルノの街中を適当に歩いてインフォメーションを見つけ、そこで手に入れた地図を片手にうろうろ。

途中、激しい雨に降られながら、目的地にたどり着いた。

修道院の一角がメンデル博物館になっている。

 

(メンデル博物館が入っている建物。大きな木の下にメンデルの白い石像が見える。)

 

博物館の展示物はそれほど多いとは言えないが、メンデルが植物学だけに限らず、気象をはじめとするさまざまな自然現象に強い関心を持っていたことがわかった。

「観察魔」と言えるかもしれない。

 

(修道院の庭にあるメンデルのポップな肖像)

 

博物館でもらった小冊子に面白い記述があった。

ここを訪れる日本人の多くが、メンデルの養蜂について知りたがっているというのである。

それは、学校の教科書に載っているからだと。

私は知らなかったが、そういうエピソードが書かれた(理科の?)教科書もあったのだろう。

 

植物の話題が出たついでに、動物についても一言。

上で述べたプラハ大学精神科の近くで、"Richard"と書かれたゴリラの看板を見た。

プラハ動物園の広告だが、どうやらここにもイケメン・ゴリラがいるらしい。

地下鉄C線の Nádraží Holešovice 駅で降り、112番のバスに乗り換えて動物園へ。

 

(動物園の中で見つけた Richard の写真)

 

この動物園には、ゴリラ(ニシローランドゴリラ)が8頭いる。

このファミリーの中心にいるのが、Richard らしい。

 

(Richard は腕組みをして遠くにおり、撮った写真はこの程度。)

 

最後に、The National Gallery in Prague (Národní galerie v Praze)で開催中の Ai Weiwei の展覧会について。

難民をテーマにした、かなりインパクトがある展示である。

ネタバレになるかもしれないので詳細を紹介することは自粛したいが、ひとつだけ。

ギリシアの難民キャンプ(Idomeni Camp)に残された衣服や靴が大量に集められ、洗濯され、分類されたものが、展示会場いっぱいに並べられていた。

難民キャンプでの生活や、そこから強制排除されるまでの様子、さらに集められた物品をベルリンのスタジオで整理する過程を記録した映像に、来場者は釘付けになったと思う。

 

(撤去された難民キャンプに残されていた靴)

| フリートーク | 16:24 | comments(0) | - | pookmark |
オックスフォードの研究会 “Alcohol, Psychiatry and Society”

以前このブログでオックスフォードの記事を書いた。

その時と同じ場所(St Anne's College, Oxford)で、この6月29日・30日に小さな研究会があった。

テーマは、"Alcohol, Psychiatry and Society"である。

 

(会場のセミナールーム)

 

「アルコール依存の歴史や文化に関する演題があったら抄録を送って」という主催者のメールに応えて、とにかく何かを送ることにした。

それが2ヶ月くらいまえのこと。

かなり昔のことだが、グループワーカーなどという怪しげな立場で、東京23区内の某保健所が定期的に開催する「断酒教室」のお手伝いをしたことがある。

また、毎夜毎夜、都内のどこかで、必ずや開かれている断酒会の例会を、(研究上の目的で)1ヶ月間にわたって転々と巡ったこともある。

だから、アルコールのネタがないわけではない。

 

当初は、きわめて日本的なセルフヘルプグループと考えられる断酒会、およびそれに先立つ明治・大正期の啓蒙的な禁酒運動(いわゆるtemperance movement)などをつなげて抄録を作った。

が、主催者より、もっと医学的な治療を前面に出してほしいとの要望があり、結局、第二次世界大戦後の薬物治療や精神病院での社会復帰プログラムの歴史を加味したものへと変更することになった。

 

他の登壇者のタイトルについては、かなり直前になって届いたプログラムで知ったわけだが、その中で自分の扱う時代が一番新しいようだった。

また、研究会当日の発表を聞いて、アルコール依存の医学的理解(medicalization)に関する歴史的文脈、アルコール問題と国家や政治あるいはコロニアリズムとの関わり、などについての内容が多かったと感じた。

他方、わたしの日本における薬物治療の話は、いったいどう受けとめられたのか……と、やや怪訝に思うのである。

 

ま、それはともかく、参考までに登壇者、所属、およびテーマは以下のとおりである(これらは事前のプログラムを参照したものであり、当日の内容には若干の変更があった)。

 

David Korostyshevsky, History of Medicine, University of Minnesota, USA

“From Aqua Vitae to Poison: The early-modern transformation of alcohol in the Anglo-phone world”

 

Aude Fauvel, History of Psychiatry, Institut universitaire d’histoire de la médecine et de la santé publique, University of Lausanne, Switzerland

“Alcoholic Beasts: Alienists and the Problem of Animal Drunkenness in Nineteenth-century France”

 

James E. Moran, History, University of Prince Edward Island, Charlottetown, Canada

“Alcohol and Alienation in New Jersey, c. 1810 to 1890”

 

Mauricio Becerra Rebolledo, History of Science, CEHIC, Universitat Autónoma de Barcelona, Spain

“From nervous food to powerful agent of degeneration: Alcoholism and alcoholic psychosis in Rio de Janeiro and Santiago de Chile (1870-1920)”

 

Jasmin Brötz, History, University of Koblenz-Landau, Germany

“Healing the Nation’s Mind. The fight against alcoholism in the public discourse on rationalisation in late nineteenth and early twentieth- century Germany”

 

Simon Heap, History, Oxford Brookes University, UK

“ ‘In the Hot and Trying Climate of Nigeria the European has a Much Stronger Temptation to Indulge in Alcohol than the Native’: Alcoholism in Nigeria, c. 1880 to 1940”

 

Iain D. Smith, Consultant Addiction Psychiatrist, NHS GGC and Researcher, Centre for History of Medicine, University of Glasgow, UK

“ ‘Finish’ Drinking and ‘Secret Cures’: A Snapshot of Alcohol, Psychiatry and Society in Scotland in 1895”

 

Konstantinos Gkotsinas, History, University of Crete, Rethymnon, Greece

“ ‘Disciples of Asclepius ‘or ‘Advocates of Hermes’? Greek psychiatrists and alcohol at the turn of the twentieth century”

 

Adéla Gjuričová, History, Institute of Contemporary History, Czech Academy of Science, Prague, Czech Republic

“A Cradle of Psychotherapy: Alcohol addiction treatment in Socialist Czechoslovakia, 1948-1989”

 

Christian Werkmeister, History, Martin Luther University, Halle Wittenberg, Germany

“ ‘Doctor, now from face to face, answer quick: Will there be a diagnosis, or rather a verdict?’ Medical, moral, and political treatment of alcoholics in late Soviet psychiatry, 1970-1991”

 

Nina Salouâ Studer, History, University of Bern, Switzerland

“Assimilation by Alcohol: The role of France’s Mission Civilisatrice in the spread of alcoholism in twentieth-century Algeria”

 

Akira Hashimoto, History of Psychiatry, Aichi Prefectural University, Japan

“Medical and Social Approaches to Alcoholism in Post-WWII Japan”

 

Thomas Mueller, History of Psychiatry, Ulm/Ravensburg, Germany

“German psychiatry and medical attitudes to alcohol consumption, c. 1820-1990”

 

以上である。

 

(St Anne's College 内にある食堂の朝食が8時からと遅いので、近くをぶらぶら散歩。ともかく、ヒースロー空港とオックスフォードをバスで往復しただけの、とても短い旅行だった。)

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